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うんざりだ

男しか踊れないナンバーとか、
女しか踊れないナンバーとか、
白人にしか許されないジャンルとか、
黒人にしか許されないジャンルとか、
そういうのはもうたくさん。

なんで踊りたいものを踊れないのさ?
ダンスってそんなに差別的なものなの?
そんなにセクシャルラインやカラーラインを引かないと成り立たないものなの?

そんなステージとか曲は全然面白くないし、
吐き気しかしない。

誰がやったって気持ちいいと感じるなら、それが正しいカタチじゃないの?


狭い考えからできたものなんか、もうウンザリだ。
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by ryo-ta-n | 2006-02-23 06:32 | 雑記  

さわやかトイレ

どうなのよ、このネーミングセンスは…。


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by ryo-ta-n | 2006-02-20 21:20 | 手抜き  

基礎

ダンスで一番難しいことって何?ってこの前クラスの友達に聞かれた。

人それぞれあると思うけど、俺は基礎だと思う。
基礎がないと応用には行けないし、振りも踊りこなせない。

でも、それだけが難しいと思う理由じゃない。
やっていて一番辛いのが俺の場合基礎。
基礎だけだと誤魔化しは利かないし、
しかもある程度のところまで上達した後は相当練習しても雀の涙くらいの上達しかしない。

更に上達がなかなかできないくらいまでのレベルまで達すると、
困ったことに振りを踊ることがある程度ならできてしまう。
単純でなかなか改善されない基礎を練習するより、
振りを踊ることに流れがちになってしまう。

勿論振りを踊ることでしか習得できないものもあるのだけれど、
それは純粋なダンスそのもののスキルとは別のものである気がする。
「振りを踊る」ということと「ダンスが上手い」というものは別のものだと俺は考えてるんだよね。
振りを練習することは何かを表現する力や、曲の雰囲気を昇華させることに
フォーカスを定めることだと思う。

話を戻して、基礎のことについて。
例えばトリプルのターンをするには、まずシングルのターンが出来なければ当然出来ない。
軸の取り方だったり、首の切り方だったり、足先だったり、
色んなことがターンをするのに必要とされる。
でも、ある程度練習していくとシングルで、そしてトリプルでターンができるようになってくる。
じゃあ、トリプルのターンを今度は集中的に練習していけばいいのか?

それは違うように思う。

トリプルのターンができるようになっても、シングルのターンは練習しなければいけない。
極端なことを言えば、トリプルターンを1回練習するなら、
その前にシングルターンを100回練習しないと得るものはない。
シングルのターンの中にありとあらゆるエッセンスが詰まっているから。
トリプルのターンばっかりやっていたってトリプルのターンの見栄えはちっともよくならないし、
本質的には何も変わらない。
シングルのターンを何度も練習したほうが、ずっとトリプルのターンに反映されるものだと思う。

およそダンスが上手いと言われる人は基礎ばかり練習してる気がする。
奥が深くて、でもやっているともどかしくなって、
果てはつまらなく感じてしまう基礎を毎日毎日繰り返している。

時々、自分のことを「上手い」と思ってる、ダンスをやっている子がいる。
確かに周りの子と比べるとナンボかは上手いかもしれない。
でも、プロと比べたらどうだろうか?
スクールでクラスは持てるレベルなんだろうか?
見た人全てに感動や興奮を感じてもらえる自信はあるのだろうか?

他人は他人、自分は自分。
ダンスは満足したら、その時点で成長は止まる。
飽くなき追求と自制心、この二つを以って宝石になれる可能性があるんだと俺は信じてるし、
その二つをいつも持てるように心がけながら練習しているつもりだ。
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by ryo-ta-n | 2006-02-08 03:25 | ダンス  

簡単に人のことを

バカにはできない。
少なくとも賢い奴は、人のことを簡単にバカにはしない。

自分と比べて能力の低いと思う人間は、確かにいる思う。
でも、その比較は公平じゃない。
自分の知ってる物事でしか判断していないし、
自分の知らない分野では遥かに自分は相手よりも劣っているかもしれない。

どんな人間にでも光り輝ける能力はあると俺は思う。
世の中で「落ちこぼれ」とか「ダメ人間」と言われてしまう人は、
せっかくその能力があるのに磨かない人か、
社会の基盤がその能力を役に立たないと決め付けているかに過ぎないと思う。

まず誰かのことを考えるとき、自分はその相手のことを
欠片の程度しか知らないということを念頭に置くべきだと俺は思う。
アイツのことを「知っている」とか「分かる」とか、
そういう考えは大きな勘違であることに気がつかないと後々痛い目に遭う。
その「知っている」とか「分かる」とかは、他の人間よりも若干知っている、分かるに過ぎない。
全ては自分勝手で不公平な方法で選んだ人たちとの比較の上での話だと思う。

過信してはならない。
慢心してもならない。
自信を持つことは否定はしない。
むしろは自信はもったほうがいい。
ただ、勿論俺も含めて人は往々にして勘違いしていることが多いと俺は思う。
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by ryo-ta-n | 2006-02-06 01:21 | 雑記