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みっともない

この年にして他人の才能に嫉妬しています。
ガラにもないと思いつつも、悶々とする日々。
不器用だとしても努力しだいで誰かを超えることは可能なのだけど、
もうそれだけのフリーな時間が自分にはなくなってしまった。


悔しい。

多分最近年をとることに伴うハンデをようや理解できてきた気がする。
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by ryo-ta-n | 2006-01-31 00:55 | 雑記  

テスト期間中だから

カンニング★

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by ryo-ta-n | 2006-01-18 03:15 | 手抜き  

ウィンター・ハート

国家試験一発目終了です。
春までもう少し。


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by ryo-ta-n | 2006-01-15 21:19 | 手抜き  

ほくろ

注意:今日は若干エロです!!
耐えれない恐れのある方は読まないでください。
読んでグロかった、とか、ドン引きした、とか言われても知りません。
責任持てないので、ご了承ください。
再度警告します、今日はエロです
読んでも益になるような話ではありません。




俺、人に特徴つかんでもらう時、いつもホクロのことを話してる気がする。
俺に実際に会ってる人は分かってると思うけど、右頬と、左唇下、そこに少し大きなホクロがある。
ホクロ、って結構個人的には印象に残る部分で、目鼻立ちと同じくらいインパクトがあってね。
あぁ、昔付き合ってたあいつはあそこにホクロがあったなぁ、とか、時々何かの拍子に
ふと思い出すことがある。



なんで、ホクロに気がいくのか。
別にこのホクロじゃなきゃイヤだ、とか平べったいホクロがいい、とか、
そういうフェチズムからじゃなくてね。
多分、本番の時とか寝泊りしてる時とか、
相手の体にあるホクロによく目が行ってるせいなんだと思う。
顔のホクロとかはまぁ、普段人目につくから別にいいんだけど、
例えば腹のホクロなんて普段は人目につかないし、
足の付け根にあるホクロなんかはおよそ他人が見ることはそうそうないもんだから。
だから、かえってそういう部位のホクロってアタマに残ってしまう。


秘密を共有してしまった、なんだかそんな感じになる。


ホクロはいい。
顔ほど何かを語ることはないし、目的のモノよりいやらしさを感じさせない。
不幸にして相手と別れた後も、思い出として心に気兼ねなくとっておける。
顔を思い出すたびに味わう苦さとか、アレを思い出すたび抱かざるを得ない背徳感とも縁がない。
別に本番じゃなくたっていい。
着替えてる時とか、風呂入ってる時とか、そういう何気ない時、
相手が自分に心を許さないときっと目に触れることのない、そういうホクロ。
そういうホクロが俺は好き。


人から見れば馬鹿げた話かもしれない。


けど、そういうホクロを見ると、少しだけ自分が信用されてる自信が持てる。
勿論ホクロだけでそういう信用を感じるわけじゃないけど、ホクロでも感じる、という話。



ちなみに、この前昔付き合ってた奴と飲みに行った。
結構長いこと付き合ってた奴で、色んな話をして、ついでにホクロの話もしたら、こう言われた。



「あぁ、そう言えば、アレのアタマにホクロあったよね」。



正直、負けた気がした。
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by ryo-ta-n | 2006-01-13 02:20 | よもやま  

とりあえず署まで来い

ムズカシイことは立て続けには書けません。
乾燥してる日が続きます、火の元には注意してね。


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by ryo-ta-n | 2006-01-07 18:06 | 手抜き  

距離

喜び、安心、不満、怒り、嫌味、悲しみ、苦しみ、愛情。
たいていの人は言葉にストレートにこの感情を乗せてくる。

ただ厄介なのは、時には抱えてる感情と全く別の感情を乗せてくる人がいる。

悲しいはずなのに、喜びを乗せてきたり。
憎いはずなのに、愛情を乗せてきたり。
はたまたなんの感情なのか全く推し量れないモノを乗せてくるものもある。


たいていの人はその裏側をさして気にせずして過ごせるだろう。
気にしても数ヶ月で消えることが多いと、昔精神科の論文を読んだことがある。

ただ、なぜだろう。
俺は常にその裏側が気になってしまう。
いや、裏側というと疑心暗鬼に近くなるから、正確にはその根元が気になるのかもしれない。


人は普通微笑みながら誰かが嬉しいと言われれば、それでたいてい満足するだろう。
でも、俺の場合、その人の声色だったり、表情だったり、目元だったり、
そういう細かなところの、とてもささいな変化にすぐ目がいく。
目がいく、というよりも気がついてしまう。
そういう変化が滑り出してきた言葉と相応しい変化だとしても、俺の場合そこで完結しない。


一体、この人の心のどういう造りがこういう感情を言葉として生み出したのだろうか?


そう思って、しばらくは話を続けながらも、心の一部が考え事を平行して行う。

あるいは滑り出した言葉と相容れない変化に気がついてしまった時は、
まるで出口まで程遠いトンネルに突入したようなものである。


この人の本心はなんなのか?
この人が俺に抱いてるものはなんなのか?
この人の裏側にはどんなものが潜むのか?


その人を忘れぬ限り、心が考え事をやめることはない。




その人を信用してないのかというと、それとは少し違う気がする。
信用してないときは、心全てが氷のように冷たくなっているのが自分でもよく分かる。
相手の言葉をなにかしらフィルターにかけながら受けていると思う。



そう、言うなれば不安なのである。

自分が相手からみて好ましい人であるか自信がないのだと思う。
俺ではない、誰か違う人から見れば、そんなのバカバカしい、と思うことだろう。
実際に昔この話を友達にしたら、そんなに人の目を気にしてつまらないねと一蹴されてしまった。
しかし、これは厄介極まりなくて、止めようと思っても変わらないのである。



人と人の距離は目で見えない分だけ複雑である。
すぐ傍にいるのに、実は遠くにあったり。
その逆だったり。



勿論全ての人に対して不安になるわけではない。
自分の価値観と全く反りの合わない人にはフィルターがかかるからである。
問題なのは、自分が好意を抱く人、特にその感情が強ければ強いほど
この傾向が著しいことである。

恐らくは多くの人にとってこのような俺の心の働き方は嫌悪するものに違いない。
どう反応を示そうとも、相手の心の奥を知りたがり、心の裏側を知りたがり、
距離を更に縮めようとしていく。
そうでもしないと不安で仕方がない。
いつも自分の立つ場所が不安定で危機的なのである。

ある程度の節度を保つうちはまだ良い。
ただ、あるラインを超えると相手も自分も地獄である。
昼夜所構わずに相手との距離を縮めることに挑み始める。



これ以上は自分の傷口をえぐり返すことになりそうなので書く勇気はない。



自分にもっと人並みの心があれば、と思う。
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by ryo-ta-n | 2006-01-02 18:15 | 雑記