距離

喜び、安心、不満、怒り、嫌味、悲しみ、苦しみ、愛情。
たいていの人は言葉にストレートにこの感情を乗せてくる。

ただ厄介なのは、時には抱えてる感情と全く別の感情を乗せてくる人がいる。

悲しいはずなのに、喜びを乗せてきたり。
憎いはずなのに、愛情を乗せてきたり。
はたまたなんの感情なのか全く推し量れないモノを乗せてくるものもある。


たいていの人はその裏側をさして気にせずして過ごせるだろう。
気にしても数ヶ月で消えることが多いと、昔精神科の論文を読んだことがある。

ただ、なぜだろう。
俺は常にその裏側が気になってしまう。
いや、裏側というと疑心暗鬼に近くなるから、正確にはその根元が気になるのかもしれない。


人は普通微笑みながら誰かが嬉しいと言われれば、それでたいてい満足するだろう。
でも、俺の場合、その人の声色だったり、表情だったり、目元だったり、
そういう細かなところの、とてもささいな変化にすぐ目がいく。
目がいく、というよりも気がついてしまう。
そういう変化が滑り出してきた言葉と相応しい変化だとしても、俺の場合そこで完結しない。


一体、この人の心のどういう造りがこういう感情を言葉として生み出したのだろうか?


そう思って、しばらくは話を続けながらも、心の一部が考え事を平行して行う。

あるいは滑り出した言葉と相容れない変化に気がついてしまった時は、
まるで出口まで程遠いトンネルに突入したようなものである。


この人の本心はなんなのか?
この人が俺に抱いてるものはなんなのか?
この人の裏側にはどんなものが潜むのか?


その人を忘れぬ限り、心が考え事をやめることはない。




その人を信用してないのかというと、それとは少し違う気がする。
信用してないときは、心全てが氷のように冷たくなっているのが自分でもよく分かる。
相手の言葉をなにかしらフィルターにかけながら受けていると思う。



そう、言うなれば不安なのである。

自分が相手からみて好ましい人であるか自信がないのだと思う。
俺ではない、誰か違う人から見れば、そんなのバカバカしい、と思うことだろう。
実際に昔この話を友達にしたら、そんなに人の目を気にしてつまらないねと一蹴されてしまった。
しかし、これは厄介極まりなくて、止めようと思っても変わらないのである。



人と人の距離は目で見えない分だけ複雑である。
すぐ傍にいるのに、実は遠くにあったり。
その逆だったり。



勿論全ての人に対して不安になるわけではない。
自分の価値観と全く反りの合わない人にはフィルターがかかるからである。
問題なのは、自分が好意を抱く人、特にその感情が強ければ強いほど
この傾向が著しいことである。

恐らくは多くの人にとってこのような俺の心の働き方は嫌悪するものに違いない。
どう反応を示そうとも、相手の心の奥を知りたがり、心の裏側を知りたがり、
距離を更に縮めようとしていく。
そうでもしないと不安で仕方がない。
いつも自分の立つ場所が不安定で危機的なのである。

ある程度の節度を保つうちはまだ良い。
ただ、あるラインを超えると相手も自分も地獄である。
昼夜所構わずに相手との距離を縮めることに挑み始める。



これ以上は自分の傷口をえぐり返すことになりそうなので書く勇気はない。



自分にもっと人並みの心があれば、と思う。
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by ryo-ta-n | 2006-01-02 18:15 | 雑記  

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