あの岸辺へ

本当は知っていた。
あの岸辺へいつもあなたが行きたかったがっていたことを。



毎日が華やかで、でもどこか裏さびていたあなた。
エリートであることでエリートを口説き、エリートであることで愛人を捨てていたあななた。
人はあなたのことを卑怯だ、醜い、人でなしと罵った。
でも、私は知っていました。

あなたはいつも泣いていた。
昔の傷があなたの中で癒えていないことを。
あの男に似ている人を探しては、獣のように体を合わせて
されど心はそこになかったあなたを。


ねぇ、知っていましたか?

私はあなたのことが好きだったんです。


聡明なあなたはきっと気づいていたでしょうね。
でなければこの赤ん坊と、あなたの遺灰を私に残すはずがないでしょうから。



あなたは本当に愚かだった。
実に愚かだった。
何故、あなたが彼を愛したのか。
何故、あなたが彼にされた仕打ちを罪のない人たちにあなたはするのか。
何故、あなたは彼を忘れないのか。


それがあなたなりの愛、というものなのでしょうね。


あなたはあの土曜日の夜、初めて私に出会い
そして一年後の土曜日、あなたは私と契りを交わして
最後に私の写真が欲しいと窓の外の遠くを見ながら言った。


私はそれであなたを繋ぎ止められると浅はかにも思い込み、
財布の中に入っていた証明用の写真を一枚、あなたに渡しました。
まさか、それがあなたがこの世を離れて次なる世界への旅立つ時の
数少ない持ち物の一つになるとは想像もできずに。







ねぇ、知っていますか?

あなたが子供を宿している間、いつも私の写真を見ているのを
かすかに開いたドアから見てしまったことを。
今思えば、それは私を見ていたのではなく、
私に似ていたあの人の影を必死に探していたのですね。


それからしばらくして、あなたはこの子を産み
その子に全てを託して、この悲しみに満ちていた世と別れを告げて…。
でも、最後まであなたはあの男を忘れられなくて
この子を抱いて立ち呆けた私を、満足そうな死に顔で眺めていましたね。




ふふ、あなたは本当に愚かだ。




ねぇ、あなたに伝えたいことがあるんです。
私はあなたの手のひらで踊っていたに過ぎないピエロに過ぎなかったけれど、
この子の寝顔を見ていて、決めたのです。

あの、あなたを捨てた、あなたを旅立たせた、あなたを忘却した、あの男を
必ずやあなたの元へと送り、あなたの前でかしずかせ、許しを請わせようと思うのです。

いいえ、気にすることはありません、私は所詮あなたのピエロ。
あなたが望まずして産んだこの子は、既に大きくなりました。
そう、また私はあなたのために生きることができるのです。



奇しくも今日は土曜日。
あの日とよく似た冷たい雨の振る土曜日。
あの日を、あなたを、あの男を、はっきりと思い出せる土曜日。
私があなたの眠る彼岸へと、あの男とともに出向いて行く日。
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by ryo-ta-n | 2005-11-22 04:10 | 雑記  

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